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1917年(大正6年)春、東京YMCAに温水プールを兼ね備えた日本で最初の総合体育館が建設された。
これを機に、東京YMCAにおいて当時の名誉主事である、F.H. ブラウンにより、バスケットボールチームが組織される。 同年暮れ、横浜YMCAと試合を行い勝利。 1918年(大正7年)、京都に遠征し、同年に開催された第3回極東選手権競技大会の日本代表となった京都YMCAチームから勝利を挙げる。 1921年(大正10年)11月、東京YMCAとして、第1回全日本選手権大会(ALL JAPAN)に出場し優勝。 その後、1922年(大正11年)5月第2回大会、1923年(大正12年)2月第3回大会と優勝し3連覇を達成。 1925年(大正14年)4月第5回大会にも優勝。 これ以後、日本のバスケットボールの本流は、YMCAから大学へと移っていき、東京YMCAの名はバスケットボールの表舞台からは姿を消す。 戦後建てられた2代目の体育館が1980年代の後半に取り壊されるまでは、東京YMCAイーグルスとして神田美土代町に存在していた。
第1回 大正10年11月19〜20日
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